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もうすぐ!おひなまつり〜☆
お雛様を飾り〜
桃のお花と菜の花を生ける〜
ちらし寿司に菱餅・白酒エトセトラ〜
優しくて〜清らかな感じの節句ではありませんか〜
私自身〜10年以上も祝ってきましたが〜
ひなまつりについて深く知らないことがありました…^_^;
そこで、皆様もご一緒に!!
ひなまつりは「女の子の成長と幸福を祝う行事」で、起源は中国の「曲水の宴」と
いう厄除けと不浄をのぞく目的の行事と、日本古来の「祓え(はらえ)」(罪や不浄
を清める信仰)が習合したものということです。
もともとは「流し雛」といって、紙人形に身のけがれや災いを移して川に流し、
厄払いをしたという風習で、現在でも鳥取や京都ではその風習が残っているとか〜
現在のような「飾り雛」の形になったのは、江戸時代のことで、徳川家康の孫娘
「東福院」が、自分の娘、興子(おきこ)のために作った座り雛が始まりとされて
いるようです。
ひなまつりに用意されるものには各々こんな意味が〜
◆桃:「生命力」「不老」「平和」の象徴
「桃」の文字は「木」へんに「兆」と書きます。
日本では、これが「兆ほどもたくさんの実(子供)をならせる」と解釈され、
安産をはじめ「強い生命力」の象徴とされました。また桃の実は栄養価も高
く、病魔を退散させると考えられていたそうです。また、鬼を退治するという
桃太郎の物語にも結びつき、これは、古い記録では、「お婆さんが桃を川
で拾う」のではなく、夫妻が桃を食べて若返り、元気な赤ん坊を産む話にな
っているようです〜
有名な中国の「桃源郷」は、秦の世の戦乱を避けて、桃または桃に囲まれた
別天地に隠れ、五百年以上も平和に暮らしていた人々の物語ですし、周の武
王は、殷の紂王を破ったあと、「軍備撤廃」を示すために、牛を桃の林に放った
といいます。『三国志』で、劉備、関羽、張飛が戦乱の世を救う誓いを行ったの
も「桃の園」。
桃は平和の象徴なのですね〜
◆蛤:蛤は他の貝とは絶対に合わないことから一夫一婦の願いを込め、お祝いの膳
にお吸い物として添えられます。元々九州や沖縄などの地方で3月3日に潮干
狩りなどをして楽しむ風習があり、そこから蛤を食べるようになったという説も。
本来は、1つの貝に身を2つ入れるのがしきたりだとか。
こんな説も…
インド仏典の説話ですが〜
何度も洪水が起こる度、川に住む竜の怒りを静めるために女の子をいけにえ
にしていた町があり、ある年に選ばれた娘の父親が我が子を助ける為に菱の
実を差し出した。なんでも菱の実は、食べると子どもの味がするとのこと。
その菱の実のおかげで、それ以来女の子を犠牲にすることがなくなった…と
いうお話。
◆菱餅:菱餅の緑(よもぎ)は健康!
赤(桃や紅花)は魔除け!
白は清浄の意味!
を表しています〜(この赤にはかつて竜の犠牲になった子の血の色と
供養の意味もあるそうです。)
ふと!こんなこと?ありませんか〜
Q:「男雛」と「女雛」は、どちらが右で、どちらが左なのか?
A:実は、関東と関西では反対になります。
関東では、男雛が右(向かって左)、女雛が左(向かって右)。
これは「右が上位」という考えに従ったものです。
例えば「右腕(最も優れた部下)」とか「右に出るものはいない(1番である)」
とか「左遷(位を下げる)」など、今もその考えが残っていますよね。
何だか…男性優位の並べ方ともいえますね。。。
一方、関西では元々は男雛が左(向かって右)、女雛が右(向かって左)です。
これは、上方(関西)では、女性の力が強く男性と対等という意識があったから
だとか…
現代では、ひな人形の多くが関東で作られているため、関東風の並べ方が全
国的になっているようでが〜
要は、どちらが正しいということではなく、好きな方でかまわないとされている
ようですね!
★もともと五節句(正月、三月三日、五月五日、七月七日、九月九日)は
「女性のための日」だった!ってことをご存知ですか?
女性は普段からよく働いているので、この時くらいは十分に休養するという意味が
込められていたそうですよ〜 (いいぞぉー!\(^o^)/)
いつもは、あまり行き来のできない家などを訪問したり〜普段食べられないものも
食べ、野や山にも遊びに出かけたということです。「ひなあられ」は、その際の携帯
食料だったとも言われています。
いろいろ歴史やしきたりはあるようですが!
一番☆肝心なのは子供の健やかな健康と喜ぶ顔ですよねー(*^_^*)
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